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「おお――――よ、我が――よ。」
砕け散った破片、朧氣なる記憶は述べる。
「其方の――を認めず、我、―――――――――、其の――通り
 ――――――――を以て――行きを申し渡す事、赦し給え。」
質素ながら華やかなる王都(ミヤコ)。
「願わくば、其方と――の者共に、光在らん事を…」
天国を表す色彩に満ちた花々、数々の濃淡を潜ませた緑に満ちる木々――…

・・

その日、空から何かが落ちてきた。太陽を黒洋墨(インク)で塗り潰し、その上から艶出し剤でも塗った様な…彼(あれ)を見た者は数多居た事だろう。空から物が落ちてくるなんて、この世には只一度も無かったのだから。
だが、落ちてくる場所まで近づいてみよう!と思ったのはただ一人。
《なんだろう?!》
少女の音声を振りまく、肉体を保たぬ亡者の御魂(みたま)である。
《“黒い太陽”がとうとう墜ちてきたのかな!楽しみー!》
生者が見れば精霊と見るか怨霊と見るか、其れはまこと悩ましい所ではあったが、肉体を持たぬままこの世の日々に鬱屈していた事は確かだ。
《やっほー!》
少女は新しい玩具でも発見したかの如く軽やかに飛んだ。
遠く遠く、世界の端まで。

 

 

 

隕石の音を世界に轟かせて落ちた者は、隕石とは全く違う見た目をしていた。
第一に、如何にも石ころっぽい色をしていない。丸っこい凹凸も無い。
そう。
其れは、正八面体をほんのり引き延ばした様な形をしていた。
禍時色の表面には実にびっしりと、極小さな平行四辺形が刻まれている。
その刻まれ方と言ったら、如何にもナンタラカットといった感じの名前が付きそうだ。その材質も金属なのか宝石なのか不明瞭で、この世のどの素材にも当てはまりそうに無い。
則ち、謎だ。
《美しさと一緒に無機物も混ぜて煉獄の炎で煮詰めた様な感じ…何だろコレ?パワーストーン??》
彼女は誰にとも無く空に話しかけた。
《どうせ誰も聞いてないんだしーさー、喋るくらい良いじゃーん?》
これは別に常の事だから、彼女は全く気にしない…
気にしないのだが、八面体はすっくと立った時は流石に気になった。
しかも変形して弥次郎兵衛の様に太細が極端な十字架になったからさあ大変だ。
《うわ立った?!》
「変形しただと…!?」
《どーしよーこれえぇ!!!》


点在する枯木の合間を、大絶叫と砂塵が何事も無く緩やかに転がって行く…――


「この物体を仮に弥次郎兵衛と言う事にする…」
“黒い太陽”が墜ちていくのを見たのだろうか。
いつの間にか、人が来ていた。
「…なんだこれは。」
《てゆーかキミだれ?》
たった1人、荒地にポツンと居るだけだ。
そう。たった、1人。
「ん?今声がした様な…とにかくボクは――」
《まいっか、躯ちょうだい!!!》
「なに?!」
なんと、御魂は久方ぶりに見た“生きている体”に襲いかかった。
怨霊の如く取り憑き躯を自分の物の様に動かすなど、彼女には造作も無い。
《ひっさびさの躯…だけど、やっぱ肉持ち(スレイブ)共は視座低いなー。》
遠慮無く頂いてしまったので、少し観察してみよう。
《前髪に無意味なヘアピンが有るから“サイクロニド”っぽいけど…こんな端っこに居るものだっけ?》
それは、少年と言った方が良い男性だった。
少しぼさついた灰色のショートヘア。鋭いが大きい黄色の眼。白黒(モノクロ)に金縁を入れた紗織りの羽織に、灰色のベスト。羽織の中身は、クリーム色のシャツと膝まである短パン。金具で右肩に真っ黒なショートマントを掛けている。将校だったのだろうか?
《ってそうだヤジロベエ!…ヤジロベエって言うんだ、アレ。》
先に申した通り、ルイスは御魂だ。

肉体なんてずっと前から持っていない。そんな記憶はずっと昔の、遠い昔。

この世界で“遊ぶ”だけなら全く不要で…そもそも“ずっと前”がいつの事だったか、思い出せないレベルだ。
だが、借り物の体は順調に使えた。
《記憶って2つあるんだよ?心と躯のね。》
少年の意識は《デンキショック!》で眠らせたので、暫くはそのまま使えるだろう。
少女の御魂は少年の身体を動かし、少年の目と知識で現状を顧みた。
さてその弥次郎兵衛はと言うと、名前通り少しぐらぐらしてから、止まった。
《あたしルイスって言うんだけどさ、これ絶対何か“見てる”よね…?》
じっと、止まる。
ピタッと静止する弥次郎兵衛など、異物以外の何物でも無い。何者だろうか?
「で、キミ誰?なんでも良いから何か反応欲しーなー。
 つーか共通語で通じてるんだよね?あたしドイツ語とか知らないよ?」
ルイスは少年の声帯を借りて、蒼い弥次郎兵衛に話しかけた。

《あたしはザ・ロマンチスト・ルイス。
 ずーっと前からこの世界に居る“エクセラ”御覧の通りの電子のお化け。
 何すんのか知らないけど、肉持ち共の相手すんならあたしも連れてってよ。協力はしてあげる。
 旅は道連れ、世は情け。出会しちゃった礼って事で!
 家族が欲しいなら、コイツをキミの家族にしてあげる。

 家来が欲しいなら、コイツをキミの家来にしてあげる。
 手先が欲しいなら、コイツをキミの手先にしてあげる。
 友達が欲しいなら、コイツをキミの友達にしてあげる。

 どーれーがーいーいー?》
“Ikniht taht eh sgnoleb ot ruo sklof,od uoy.”
「え。」
弥次郎兵衛はカタリカタリと動き、一瞬で砕け散った。
屋根に積もった雪がドサッと落ちる様に。
さらさらと。
「えええええええええ!?」
ざわざわと。
雪が風に吹かれて積もっていく様に。
平行四辺形の破片が組み合わさって、左から形が出来ていく。
「…それ、もしかしてあたしの顔?」
“TON-TA-LLA.”
"彼"が腕を頭上に伸ばしてみると、細かい破片がパキパキと落ちていく。
その体はもう、八面体と棒で出来た弥次郎兵衛ではなかった。
ルイスが乗っ取った少年よりは少し背の高い、人型だ。
蛋白質(シルク)ではなく金属光沢を放つ髪は二の腕まで。
すらりとした直線的な体に、白い鳥の羽と水色の八角形が付いた鍔の大きいハット、何とも複雑な構造をしたロングコート、荒野を歩むに向かぬと思しきスニーカーが異様に目立つ。
白い手袋をした手の下の肌色は青白く、逆光に眇めた目から見える黒い瞳は深淵の様に深く大きい。
「キミって目つき悪い系カッコツケなんだね、知らなかったー。」
“Uoy llahs eb teiuq.”
もう何と称して良いものか分からないが、人の骨格を自分のパーツで作り上げた元・弥次郎兵衛は顔を上げ、右手を顔に翳して言った。
“S`erehw em?...llew,s`ti ydaerla ereh.”
そしてパッと放つ様に右手を前方に下ろす。
その動作で、ルイスは改めてカッコツケ認定を下した。
“Thgirla.S`ti yrev emoselbuort rof su ot be detaler ot sseldeen sraw dnuora su.”
その“声”は軽いノイズと早口で発言内容が不明瞭では有ったが、恐ろしく冷たい。
性別など無い存在だろうが、女声にしては低く、男声にしては高かった。
躯がなんだかガタガタ震えているのを感じながら、ルイス自身は至って普通に話した。
「何でも良いからとりあえず共通語で返事してくれる?あたし分かってて無視されるの嫌いなのよね。」
“...”
「もう直ぐあたしの友達その1も来るから、お話通してやらなくもないよ?ところでキミだれ?」

 


「上司サマー、何処っすかー?」
「ホーント何処行っちゃったんだろね?こんな、何も無い所で。」
其れは果たして何処に存在するのか、遙か空高く聳える煉瓦色の壁に分断された世界が在った。この世界にも嘗ては統治され、花々の咲き乱れること天国の如しと謳われた百花繚乱の時代が有ったと云う。
「上司サマ、知り合いっすか?」
”Yb eht yaw I t`nac dnatsrednu ruoy egaugnal taht er`uoy `niesu.
  Esaelp kaeps Nacirema Hsilgne.”
「 は? 」
「ああ、ボクの姉さんだ。」
『ええーっ?!』
併し、今や世界は砂塵に溺れ、朝霧に黒い太陽が、夜霧に白い月魄が昇るばかり。其の敏腕を以て世を統べたとされる絶対的な君主も消え去り、元より有った諍いが、歴史に顔を出しては数多を絶息に導く疫病の如く、始まろうとしていた。

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Ruining earth;Mode Former
興亡分岐点・前編 
霜夜の始まり
The starts of cold nights
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