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砕け散った破片、朧氣なる記憶は述べる。
質素ながら華やかなる王都(ミヤコ)。
天国を表す色彩に満ちた花々。
数々の濃淡を潜ませた緑に満ちる木々――…

・・

堕とされし光の子を救うべく、数多の記憶を潜り操りて、辿り付きしは嘆きの箱庭。亡者共の棲まいにして奈落の底。亡者の纏う闇に抱かれし光の子等、蒼き剣に闇を剥がれ、かつて在りし場に還り賜う。其は滅びの女神、今尚彼の地に留まり、亡者の足掻きを刈り取りけむ。
さて、此処は何処であろうか。

・・

此の世は三千世界、其処には二つの国があった。
沙漠の王国ロブリーズと、極寒たる帝国メガロポリス。
この二国は不自由な環境ながら、その勢力は均衡しており、度々戦争を起こすほど仲が悪かった。
しかし、頻繁な戦争は両国の繁栄を確実に阻害しており、過酷な環境下で破壊と創造を繰り返す物質的・精神的な余裕は最早無くなっていた。
以上より両国は、国主とその兄弟姉妹の政略結婚による休戦協定を長らく続けていた。
本日は、沙漠の王国についてお話しよう…――

 

 

 

帝国民の朝は、昨日作った白湯を飲み、SNSを確認する所から始まる。
某民は白湯を飲みながら、真っ先に或るSNSグループを確認した。
同級生のエスライングループだ。彼(と当時の先生)がとり纏めるグループは、今日もメンバーの吹き出しが並んでいる。
「そっか、今日だっけな?」
その中で1つ、気になる吹き出しを見つけた。
《ちょっと王国に留学してくる 来年には必ず帰国するつもりだけどいつまでかは不明》
其の意味する所は、当たり前の様に重大だった。

 

興亡分岐点後編;あ.御色合わせ 
〈Ruining earth;Mode Latter.Set mine by your Coloring.〉

その青年の名はリノクのアサヒ〈Asahi the Rynok〉。
同級生達が起きてSNSを見ているだろう頃、山吹色のボブが眩しい彼は索道に乗って、極寒たる帝国メガロポリスと沙漠の王国ロブリーズ…両国の境目に居た。
ちなみに石灰峠は索道で登り、頂上で一服してから麓まで下るそうだ。
《♪ ヘーイヘイヘイヘーイヘイ! ♪》
「しー。今、ロープウェイだよ。」
帝国最南端のコンビニで買ったおにぎりを組み立てながら、彼は土耳古色の小型パソコン兼通信機を開き、電源を入れた。
級友が発明した掌サイズの開閉式パソコンは、今日も無事動いていた。早速エスラインの電話を拾ってみると、噂の開発者が映っていた。
「てゆーかまだ着るんだその服…」
《久々に出してきたけどよ、やっぱ似合わねーよな?》
「うん、お世辞も言えないレベルで似合わない。」
《なんなら服くれ?》
画面には、水浅葱色の着物を着た少年が映っていた。
ファスタラヴィアのコージ〈Koji the Fastalaviea〉帝国では現在最年少の天才、学校内では悪党番長で通る友人だった。今は、思いつきで地元の川の流れに乗ってみたらその向こうにあった…という誰も知らない国から帰ってきて、発明三昧らしい。帝国至上主義ではあるが他国の知見も柔軟に取り入れ、今日も新たな発明を思いついている。件の着物はその国の基本的な服らしいのだが、顔つきが悪いのか髪型の所為なのか、とにかくコージには似合わなかった。
「じゃあ王国の服送るよ。サイズなに?」
《基準違うんじゃね?とりあえずLで。》
「了解。」
《ところでよ、カメラトンじまったか?》
「あ、忘れてた。」
この丸みを帯びた小さな長…直方体には途方も無い機能が沢山ついているらしいのだが、まだまだ空色の瞳には記憶されていない。覚えているのは、映像と共に音声を送る電話機能が付いている事と、色んな電化製品を繋いでもソレを動かせる事だけだ。
青年は画面を指で突き、ビデオ機能を点けた。
2つの索道は少々遅延したが、無事、王国最初の街に辿り着いた。
「転送装置って、何処まで届くの?コートをどうにかしたいんだけど…」
《ファスタラヴィア区なら届くぜ?オレん家(ち)に送れよ、後はナントカさせる。》
「了解、御言葉に甘えまーす。」
アサヒは気温差対策として服を2パターン持って来ていたが、思っていたよりも索道の暖房が効いていた。正直、コートが完全にお荷物だ。
アサヒは転送装置を使い、コートとその他不要そうな物を転送させた。
「コレ誰の発明だっけ?」
《帝国暦100年にクワモスのルネさんが開発したのが最初だぜ。昔はデカイ上にリサイクルが激ムズだった

 んで、オレが中身を改良して、回路と外装をセンパイが改良したぜ。

 それでサイズダウンに充電不要、使用回数とオシャレ度がアップしたのが今。》
「はえぇー、ま、マジか…」
(帝国謹製)転送装置とは、現在では某立方体パズルサイズの小型装置である。白い外装と電子回路的な模様、そしてネオンブルーの光が垣間見える内部は実益と装飾を両立させた一品であった。3回しか使えない、転送範囲が帝国領土内限定、ごみ分別がまだ難しい…といったデメリットは有るが、大体SF界で見かける大型転送装置がほぼ存在しない帝国において実に画期的な発明だった。
「転送先は住所入力で良いかな。」
物資転送後、アサヒは駅付随の更衣室で着替え、そのまま駅構内で王国由来の暑さ――これで帝国に最も近い場所だという事実が信じられない――に身体を慣らした。
少し歩いてみただけで汗がジワリと出てきた気がする。この時点でビックリだ。
「あのさコージ、マイクってどっから出すの?」
《右側にあるぜ。》
リノクのアサヒはコンタムシリコンの該当部から金属製の弧を描く細い物を取り出し、端を利き手と反対側の耳に引っかけながら頭を通って、利き手側の耳にくるりと回した。利き手と反対の耳には、小さい直方体が付いている。
《コレ実は四十八面体だぜ。》
「そうなんだ?」
《おう、ムシキたんの限界に挑戦してもらった。》
「ムシキさんお疲れ…」
これにマイクとカメラが内蔵されているとのことなので、コンタムシリコン自体はもう仕舞っても大丈夫だろう。アサヒはコンタムシリコン本体をズボンのポケットに仕舞った。
《おう、帝国の為にも未加工でいいしバンバン送れ?》
「…もう国境越えたし、帝国節やめようマジでやめよう…」
ロープウェイから降りたアサヒは駅でガイドブックを買い、初めての街を回ることにした。ちなみに両替は、帝国でとっくに済ませている。
「此処は…山岳都市スパイク。名物はカマツカとトマトの煮込みごはん…」
《辛そうだな。》
「うん、たぶん。」
山岳都市スパイクは帝国の極寒エキス半分、王国の沙漠エキス半分といった具合の街だった。道行く人々の肌は帝国民よりも黄色あるいは茶色く、服はひらひらしていて薄そうだ。地になる色も、ベージュや黄土色といった淡くて柔らかい色が多い。そして皆、長袖だった。
アサヒは暑いと思ったが、王国ではまだ涼しい方なのかもしれない。
《たでーまー。》
「おかえりデーヒー。」
アサヒとコージのエスライン電話に、割り込みが入った。
ファスタラヴィアのデ…ヒデヨリ〈Hideyoli the Fastalaviea〉だ。
オリーブ色のチョンマゲが曲がっているのは、本日休業日だからだろうか。若干内向き気味の髪が残っている事もあり、垢抜けない事この上ない。
《あ、アサヒまでデーヒーって…ミソコージやっぱ殴る!!》
《あでっ?!もう殴ってんじゃねーかコノヤロー!》
同級生の喧嘩はさておき、街は午前中で既に炎天下だった。

空だけが何処までも青く涼しそうで、アサヒは空を睨んだ。
「にしても暑いなー…」
心なしか住民も影伝いに移動している気がする。確かに、建物の壁は大凡平らな岩で出来ているから道の真ん中より冷えているかもしれない。アサヒは彼らに習って様々な影を歩いたが、こちらは時差ボケならぬ気温ボケだった。なんせ地元は20℃あれば万々歳するほど寒く、方やこちらは、コンタムシリコンによると25℃だ。午前中でコレは…
「マジ有り得ない干からび…」
ドン
「何処見て歩いてんだ。」
「わわっ、ごめんなさい。」
同級生から通信が無い事をいい事にフラフラしていたら、アサヒは誰かにぶつかった。
「ん?」
見知らぬ二人連れはアサヒと背丈や体格、年が近そうだった。

一人は布の垂れた鍔の広い帽子を被っていて、険しい目つき以外に顔がよく分からなかった。
「んん?この人、この国の人じゃない…?」
もう一人は青い服を着ていて、くりっとした好奇の眼をこちらに向けている。後者はアサヒが見た極少ない王国民の中でも実に変わった服装だが、どちらにしてもアサヒには却って暑そうに思えた。
「おい坊主。お前、帝国民か?」
さあやってきました第一問。
…アサヒの脳内にはものの見事に某テレビの音声が流れた。元ネタは色々混ざっている気はするが異論は認めない。外国で確実に訊かれるだろうこの問いには、逆に正直に答えた方が良いだろうとアサヒは冷静に考えていた。
武器は当たり前の様に持ってきている。だから彼の最適解はこうだ!
「…だからなに。」
「なら喧嘩売られても文句ないな?」
男達は、アサヒの返答をどう思ったのだろうか。
「来たれアービター・サキエル!レースの規定を読み上げ、その始まりを告げよ!」
アサヒよりは年上だろう鍔の広い帽子を被った男はアサヒにそう言いつけ、青い服の青年は何処か虚空に向かって手を上げて叫んだ。
「誰だぁ僕を天使っぽい名前で呼んだのはー!?」
男が何処か遠くへ呼びかける様に叫ぶと、文句を言いながらアサヒ達の前に大きな物体がシュターンッと降りてきた。上から下まで銀色の鎧に固めた物体だ。結構な勢いで空から落ちてきたはずなのに、大した衝撃など無さそうにしている。
「呼んだの君?!」
「そうだよ。」
「名前は?!」
「ブリアン=ローラスシナモム。」
「参加人数は?!」
「僕とオレアスとそっちの人で3人。」
「承知した!!本日の規定は弓使用禁止である!各員には、規定に準じたレースを期待する!」
どうやら頭の上から爪先まで、鎧を着た人…らしい。
それは甲冑という物であったが、帝国には先ずあり得ない格好だった。
この暑い中でギンギラギンの鎧だ…
アサヒは当然知らなかったし、そもそも正気の沙汰と思えなかった。
「では、はじめ!!」
だから、思いっきり開始の合図を聞き逃した。
「それー!」
「わぁ?!」
眼前をよぎる刃物がなんとか避けたものの、前方不注意で喧嘩を買ってしまった様だ。

向こうは手にした武器を遠慮無く振り下ろしてきて、やる気満々だ…どんな字を書くか?なんて想像したくもない!
「留学中くらい騒がずにいたかったけど…!」
リノクのアサヒは眼前を過る刃物を躱しながら、コンタムシリコンで緊急通信を起動した。
「業務連絡。リノクのアサヒ、不当な恐喝に対する正当防衛、以上。」
《通信部了解。メガトンナ・モローK型、試用開始。》
キーン
「うっ」
「な、何だ!?」
若い男声が涼しく響くと、聞きなれない音が辺り一帯に響き渡った。
物資転送音。
王国民の耳には痛いようだが、帝国民には聞き慣れた音だ。
「受領完了!」
《健闘を祈るよ、トリーピトニャ。》
アサヒには今ひとつ分かっていないが、帝国のバーチャルネットワークは国境付近までは届く様だ。アサヒの手には細長い物がもたらされた。
なんてことは無い、非常に細いハンマーだ。リレーのバトンと同じくらいの細い棒に直方体に近い頭部――アサヒの頭と同じくらいか小さい気がする――が付いており、そのアイアンブルーの地には蛍光黄色と青色が、直線的な幾何学模様に沿って走る。
「たあっ!」
「うぉっ?!」
リノクのアサヒは何のためらいも無くメガトンナ・モローを振り回した。
《ヒャッハー!!知らねー間に面白(おもれ)ぇコトなってんじゃねぇか!》
《《帝国のチカラ、その眼に焼きつけろっ!!》》
カーン!
「うぼあぁ!」
キラーン
「もう王国なんだからさ!それホント止めよう!!マジ止めよう…」
メガトンナ・モローは、振る度に頭部の蛍光レールが煌めく。
なにこれ面白い!
夢中になって振り回している内に、アサヒはいつの間にか、布の垂れた鍔の広い帽子の男を吹っ飛ばしていた。別に腕力に自信の有る訳でもない青年が、ちょっと振り回してみたら大の男をかっ飛ばしたというのだから恐ろしい。
「うわぁ…コレすごいね、どうなってんの?」
《おい、もう一人何処行った》
《アサヒィ!!右だ右!》
「え、うそ?!」
アサヒはメガトンナ・モローの威力に感心していたが、コージとヒデヨリは通信機の中で慌てていた。

敵は2人居たはずなのにダチは何をしているんだか。
アサヒは慌てて敵を探したが、こんな時に限ってパッと見つけられない!
「歪みに宿りし翳りの炎よ、我が意に従い異物を焼け…イティス〈Itis〉!」
青い服装の青年はアサヒの後ろ、2~3歩離れた所に居た。
そして、何事かぶつぶつ言いながら、その両手の中で次第に大きくなっていく赤い光をアサヒに向けて放った。
《しまった、魔法だ!》
「あっつーい!」
赤い光はアサヒの目の前で爆発した。
呪文の通り、火属性の魔法の様だ。身体の前面が軽く焦げた様な感じがするし、視界に火の粉がちらつく。
だが怯んでは居られない。構わずメガトンナ・モローを振り下ろす。
「何すんだよ!!」
「げふんっ」
魔法放出直後をすかさず狙われた青年は、防御する暇も無く直撃。
「うわ、流石にやり過ぎたかな…」
さっと振っただけなのに石に近い地面に凹みが出来るぐらい叩き伏せてしまったので、アサヒは真っ青になった。
「勝負あった!」
ホイッスルが響いた。
この戦いを見ていた銀色の鎧兜は屋根上から降りてきて、アサヒの三歩前に立った。
「君、名前は?」
「え?あ、リノクのアサヒです。」
「勝者、リノクのアサヒ!」
どうやら、試合終了らしい。
アービターは名を問い、アサヒに何かを手渡した。
「えっと、貴方は…新手のモブエキストラ?」
「モブ?モブではないなぁ…スポーツの審判みたいなものだよ。もしかして、レースを知らない?」
「あ、はい。解説待ってました。」
「あちゃあまたなんで初心者に喧嘩を売って負けたんだあの子達…」
金属達磨――残念ながらアサヒにはこう見える――はうんうん唸って、それから、一冊の本を取り出した。文庫本サイズの本は男の金属の小手に包まれた手の内で開かれ、読まれていく。その茶色い表紙の本には文字がビッシリ書かれているが、アサヒには全く読めなかった。
「説明しよう!!“レース〈Race〉”とは、我々“審判〈Arbiter〉”の監督下で行う決闘の事であーる!!
 ルールは簡単!

 武闘派も魔法派も、人間も人外も、各個チカラを尽くして戦い、相手チームを倒しきったら勝ちである。
 一般の決闘と違うのは、我々審判の魔法および監視により、レース終了後の身の安全が保証される事である。
 つまり、レース中に負った傷は、レースが終われば無かった事になる。
 この魔法の対価として、審判は監視する戦闘に対して規定という縛りを設ける。」
「そうなんだ。」
そう言われてふと、アサヒは自分の体を見た。
先程浴びた魔法による焦げ付きが、無くなっていた。痛くも痒くもない。
「じゃあ鎮痛剤飲まなくて良かったかな?」
「ちんつうざい…帝国のお薬かな?斬られて痛い事には変わりないけど、
 人間同士のレースに長期戦は滅多に無いから、副作用があるなら不要だと思うよ。」
銀色の鎧男、審判・サキエルはアサヒの呟きに真面目に自分の意見を返して、本の続きを読んだ。
「レースに勝つと今後の励みとして景品が貰える。負けたら景品は無し。
 規定を破れば罰則あり。という訳で、規定は破らないでくれるとありがたいっす。」
「はい!分かりました。」
「これにてレース終了!!各員、戦闘態勢を解除し、気をつけて帰りましょう!!」
何処から出るのか、町中に響き渡る大声の前ではアサヒの呟きなど蚊の鳴き声だ。

銀色の鎧兜は高らかに閉幕を宣言して、大空へビューンと飛んで行った。
アサヒは審判から貰った青い小瓶をポケットに仕舞い、メガトンナ・モローに目を向けた。

やはりコレも、傷一つ無い。
《《オツカレー酸素入りー》》
「おつかれー!」
ともあれ、戦闘は終わった。
同級生達と勝利を労い合ってからすかさず、コージは質問してきた。
《使用感想どうぞ。》
「対人間には出力強すぎじゃない?そのうち絶対死者出るよ…」
《なんか複雑骨折してそーな叩かれっぷりだったよな、せめて病院送りに留めねーと。》
《一旦回収するぜ、コンタムシリコンの蓋部分に乗っけれ。》
「了解。柄を乗せればいい?」
《オッケー。》
アサヒはズボンのポケットから土耳古色の小型パソコンを出して地に置き、今し方世話になったメガトンナ・モローの柄の端を載せた。
《機構課コージより情報課クラインへ、メガトンナ・モローの回収をお願いします!》
《クライン了解、お疲れ様でした…》
メガトンナ・モローはみるみる内に蛍光青色のパチパチする光に包まれて、消えた。
後にはアサヒのコンタムシリコンが残るだけである。
「なんだよ…」
アサヒがコンタムシリコンをしまったその時、声が聞こえた。
「帝国民だからって、調子に乗ってんじゃないよ…」
なんと青い服の青年が、とっても恨めしそうに此方を見ている!
《ドラ●エか!!》
「え、まだやるの?!元気だなぁ。」
アサヒは非常に困った。
そもそも、国境越えの気温差にやられている所にこの諍いだったのだ。正直早く寝たい。それに、武器は本国に返してしまった。こうなってはいよいよMyAEMを出さないといけないだろうか、出来れば温存しておきたかったのだが…
《なんでぃ?次はアルファレーザーで灼かれたいってか。》
「そこマジ煽るな!確かにギンギラギンが来る前に2,3発殴って、
 ついでに首の骨折っとこうかなーとは思ったけど、思ったけどさ!」
《《・・・。》》
「なぜ其処で引いたし」
「コラァ!!そこ何やっとるかぁっ!!」
出来れば起きて欲しく無かった再戦…と思いきや、それは外部により仲裁された。
「げっ、おっさん」
「“おっさん”ではない!!!!」
辺りに響く大音声を発したその人は、帝国では先ず見ない体格だった。
背丈はもちろん有るし、とにかく体格がすごい。

“丸太の様な腕”とはこの事かとアサヒは思ったが、全体的にさて彼の何回り有るだろうか。
装備は肩・肘・膝のプロテクターとペケ印の浮き出たナックルダスター――小手と言われた方がしっくりくるが、多分攻撃性を増したセスタスというヤツだろう――が印象的だった。武闘家だろうか?
「王国民たるもの、レースに負けたなら潔く帰れ!!だらしないぞ。
 …ほら見ろ。いくら相手が宿敵、帝国民だとしてもだ…
 余りに情けなくて、店のお姉さんにまで白眼視されとるのが分からンかぁ!!」
「くそっ!!お、覚えてろよ…!!」
大の男から一喝(説教込み)されてはひとたまりもない。

青い服の青年は溜まらず、手にした何かを掲げて消えた。
《ひーダッサ!ザマみやがれー!》
「ちょっうるさ!デーヒー?!コージ?!なんかうっさいけどなんなの?!」
其の様子が通信機の向こうからでも分かったのだろうか。

同級生達の、笑い転けていると推測される音で通信環境は崩壊した。

アサヒの鼓膜に、金槌でも叩き付けられた様な痛みが走る。
「あぁもう一旦切る!」
慌ててイヤホンを耳から離し抗議したが、改善は全く見込まれなかったのでアサヒは通信をミュートにした。
「大丈夫か?その…色々。」
「あ、はい。」
仲裁に入った男は、遠慮がちにアサヒに声をかけた。
少しだけ距離が近くなった男を見て、アサヒはペコリと御辞儀した。
「助けて下さって、ありがとうございます。」
「良いって事よ。」
男は地に下ろしていた荷物を肩に掛けた。
底板の付いた、男の胴体ほどの巾着袋だ。アサヒ程度の中背中肉の青年なら、身体を縮めれば入れてしまうかもしれない。
「それより、行く宛はあンのか?沙漠を渡るってンなら今から出ンと間に合わんぞ。」
「あー…それが国境を越えたばかりで、まだ今日のホテルしか取れてないんです。」
アサヒは、今日は山岳都市スパイクのホテル――何処の世にも異人館は有るものだ――に泊まり、明日沙漠を渡る予定だった。沙漠という地形が1ミリも想像できなかったので、渡る手段は全く考えていなかったが。
「なら今晩、沙漠を渡るか?今日出発なら案内するぞ。」
「え。」
なんと、喧嘩から助けてくれただけでなく、沙漠を案内してくれると言う。
「良いんですか?沙漠って、見た事すら無いんですけど。」
「おう。勿論それなりの準備は必要だが、1人なら何とかなる。」
「ありがとうございます!」
「なら決まりだな。こっから真っ直ぐ行くと、金色の蝶が見えるだろ?
 ああいう建物を待合喫茶(パブ)ってんだが、その前で19時に集合な。」
「はやっ!でもそうか、沙漠って暑いから、夜出ないと逆にマズいのか…」
「沙漠じゃ真昼は動けンからな。では、またな。」
「はい!…そうだ、えっと、名前名前…」
アサヒは慌てて、しかしやっぱり深呼吸して、紙とペンを取り出した。
「僕はリノクのアサヒ、貴方は?」
「本当に帝国民なんだなぁ…モーニ=ゼルコバだ、宜しく頼む。」
アサヒは男の名前と大まかな特徴を記録して、別れた。
モーニとアサヒは、歩いてその場を去って行った。
「ふあぁ疲れた…いい加減寝たい…ご飯と風呂と…ってそうか、19時集合だから寧ろ昼寝をすべきかな?
 そうだホテルのチェックイン…いや寧ろキャンセルすべき?うわーん訳分からなくなってきたー…」
だが、これでやっと宿泊先に行ける。
リノクのアサヒは、確かに沙漠の王国ロブリーズへの第一歩を記録した。

 

 

 

 

 

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