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「決めた!今此処に、国を作る!!」
ダンッ

或る深い深い森の中、朝日がやっと顔を出した頃に、声がした。
幼い割に威厳がある…そんな声だ。
ケープの様なマントを羽織った青年は、その思いつきのままに旗を立てた。
「儂にゃがらにゃんと良(よ)い思(おみょ)いつきか…
げ、げんにゃまはいつか作るにゃ…」
長い長い木の枝に引っ掛けただけの旗は紫色の地で、金色の糸でその縁を縢ってある。まだ、それだけだ。
ぴいぴぴいぴい
だがその“思いつき”には反響があった。
「日暮(ひぐれ)、朝露(あさつゆ)、昼立(ひるだち)、夜霧(よきり)、御劔(みつるぎ)。」
ソレはヒトではなく、音から察するに鳥であった。
彼がもたれかかる一際大きな樹の梢には、五羽の鳥が留まっていた。
左側から鶫(つぐみ)、山雀(やまがら)、鵤(いかる)、眼白(めじろ)、尾長(おなが)である。
「そうとなれば最早この森には居れまい…それでも御主らは乗るか?」
ぴいぴぴいぴぴい
「当然よにゃあ。これほど面白(おみょしろ)き事はにゃかろう…」
青年の問いに、鳥たちは頷きながら鳴いた。
「では、支度をせねば。」
青年は住み慣れた森を出るべく、きびきびと歩み出した。

その後ろを五羽の鳥が、マントの様な弧を絵描いて続く…並ぶ順番はもちろん先の通りである。
「先ずは国の名前と、儂の肩書きかにょう。」
ズデーン!
青年の発言に左端の一羽がヒトで言う“ずっこけ”の様に落ちて、再び羽ばたいた。
「え? 第一に優先しゅべきは人材および食糧の確保??にゃるほどなるほど。」
続いて右端の一羽がチュイピュイ鳴いた。
青年は彼の申したい事が分かるらしく、ほむほむと納得していた。
それにしても、地味な尾長である。
「では手下の住居も確保しぇねば、うーん意外と大変にゃー国作り…」
こうして青年と鳥達は森を出て、昼下がりには町中に居たのである。

キーコキー
風吹けば砂が舞い散るこの茅葺町は、夏らしき賑わいを見せていた。
蛸焼き、焼き蕎麦、かき氷…どうやら結縁(けちえん)の日だったらしい。

鵤の昼立が、食べに行きもしないのに喜んでいた。
「一人と五羽にゃらコレで足りりゅかにょう。」
青年は縁日の食物と腰に下げた竹の水筒、そして森の木の実と薬草でパンパンになった鞄を見比べて苦笑した。
「日暮(ひぐれ)、朝露(あさつゆ)、昼立(ひるだち)、夜霧(よきり)、御劔(みつるぎ)、みな居るな。」
ぴいぴぴいぴい
五羽の知鳥(ちどり)は青年の肩に留まって、一斉に鳴いた。
そのけたたましい音声に周囲は煩わしそうに青年を見ていたが、青年は全く意に介していなかった。
それ処か、おひるごはんである。
チューイピュイ
「にゅ?我々と人間では常識が違うから其処を学べ??」
其処にまた、御劔が困った様に鳴いた。
食事中の鳥達を含む多量の音声から、青年はその声をしかと聞き分けた。
「しょうか、騒音で迷惑千万か…」
御劔の意を汲んだ青年は、皆の食事が終わったのを見計らって、
ペペーッ!
「日暮よ騒ぐでにゃいぃ、早業にゃらバレてにゃいにゃ…じゃろう?」
いつのまにか、民家と思しき木造建築物の屋根に居た。
どうやらこの青年、並外れた能力(チカラ)を持っているらしい。

確かに今、地べたから、そう高くないとは言え民家の屋根上まで跳んだ。
それでも青年は息一つ乱さずに、鞄を下ろし五羽の知鳥を両肩に招く。
「大体おぬしら“夫婦”は人目を気にしすぎにゃ。」
其れを、鶫の日暮は咎めている様だった。
「どうせ流浪の身、多少は奇を衒っていても良かろう。」
ペー チューイ
しかし帰ってきた返答がコレだったので、鶫は頭を下げた。
どうやら、人で言う“呆れて溜息しか出ない”状態になった様だ。
その横に飛んできた尾長、御劔に慰める様につつかれていた。
「まぁ良い、今宵は此処で生物(いきもの)観察にゃ。各自好きに参れ、夕飯時には戻る様に。」
鳥達は青年の命に従う様に、各個飛び散っていった。
青年はこれを姿が見えなくなるまで見送り、それから屋根の際に腰掛けた。

 


「雨にゃらば傘が要るにゃ、しゅっかり忘(わしゅ)れてたにゃ…」
火輪が西へと傾くにつれ、灰色の雲が青年の視界を占めてきた。
「儂だけにゃら里芋の葉で十分にゃんじゃが…」
同時に下界の様相も様変わりした。屋台は仕舞われ、代わりに聞き取れない罵声が響く。
「…森の外(と)にも多勢に無勢、乱痴気騒ぎはあるか…」
どうも近場で喧嘩でも勃発した様で、男と思しき声と何かを叩く音が聞こえる。
かすかに混ざる金属音。次いで、誰かの急所に正拳突きでもめり込んだ様な音がした。
「どうした?もう終わりかぁ??」
この男の顔の向きからして、青年が腰掛けている屋根の丁度真下で誰かが、やられた様だった。
粗暴な男の、これまた醜い顔に浮いた下卑た笑みが青年の目についた。
「よくも“とうちゅう”様の御膝元で派手にやりやがったな…」
「っぐ…派手にやってんのはそっちだろ?」
「あぁん?」
「度重なる増税、欠陥薬品の強制接種、軍部による勇士の弾圧…」
青年は、男の顔を見るのが厭になって、丁度向こう側の民家の屋根に音も無く跳び移った。
そしてまた、屋根の際に腰掛ける。
「…それに…」
「何をごちゃごちゃと…」
「俺には、病気してる母が居るんでね。負けてられねぇ…のによ…」
「あーもおぉめんどくせぇ!!そろそろ終いにしてやるぜ!」
散々暴力を振るわれたのだろう、引き締まった小柄な体躯のあちこちに傷を作り、顔を腫らし、なんとも格好の付かぬ少年だった。
ソレを見届け続けているのは、何故だろう?
やっと見える様になった、“やられた側”の顔に何かを感じたからからか?
「へぶらぁっ?!」
「あるいは儂も、勧善懲悪なるものをしてみたくなったからかもしれない…」
青年は飛び降りると同時に、腰に差した物を振るった。其れは複数の竹の棒を、木のリングで繋いだ物だった。
多節鞭(たせつべん)という。
…竹で出来ているから多節笞(・)と言うべきか。
「な、なんなんだてめぇはぁ?!」
それを頬に喰らった男は、火でも擦ったかの様な刺激にかすかな戦きを覚えながら起き上がり、誰何した。
「卑しき身にも親は居ろう?」
「 は?」
「人に名を尋ぬる時は、自分から名乗るよう言われなかったか?」
「あ?ああ…そんな事、これっぽっちも言われなかったぜ。」
「…弱者の相手などするな、殴る手がもったいないとも言われなかったか?」
「そりゃあ尚更だぜ!!」
青年は応える。
その、禅問答の様な応えに焦れて、男はその隆々たる筋肉に支えられた右の拳を振るった。
青年は其れを避け、腰の物を抜くと同時に振るった。其れは軋んだ風鈴の音を立てて、男の首に蔦の如く絡む。
「あぐぐぐぐぐ!!」
「手を離さぬと却って首が絞まるぞ?何故なら…」
「おい!何てこずってんだ!!」
多節鞭が男の首を絞めている間に、男の手勢か同僚か、5人程が手に手に武器を持って現場に駆けつけた。
青年はソレを目の端に留めて、
「そうなる様に巻いてるからって、じゃから言わんこっちゃない…」
多節鞭に搦めた男を、向かってくる集団に振りかぶった。

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興亡分岐点中編語り潰えた時代其之一

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